November 11, 2008

音楽に生きた大切な仲間4

てるてる涙  私にとって、今年 最大の悲しみ。 彼女の功績を讃えたく、あえてブログに記します。
 
 彼女はもともとプレイヤーとして披露宴で演奏経験あり。  音楽の操作は初めてなので、その日は私のオペを見学することになっていました。 なのにハプニングが・・。 開宴後、急に音質が低下して・・・。 新婦お色直しは、ビリビリの音でかけるしかない状態。  困った・・  どうしよう・・。
 
 そこにはグランドピアノが。  そうだ!  思わず彼女に
”この歓談中、ピアノを弾いて! キャンドルの「美女と野獣」以外の曲なら何でもかまわない・・ ” こんなこと突然言われて面食らうもの。 でも何とか ”お願い!” >_<。   
 演奏者はこんなこともありえる。 彼女は”え〜っ、え〜っ”と言いながらもピアノの前に座り、♪パラ〜ポロ〜。 ”何でもいいんですね。” パラポロからダラ弾き、そしてメロディーになっていく。 もちろん突然のことだから、楽譜なんかない。  それでも何とか30分弾いてもらった。 すごい〜。 ^-^*

 見事な腕を見せてもらったのは、もう9年前の11月のこと。 まだ鮮明に覚えているあのときのこと。

 その腕前は、巨人軍専属のオルガン弾きの経歴を持つことで納得。 イチローは”天城越え”清原は”とんぼ”が流れましたが、かつて各球場とも選手たちのテーマは、演奏されていました。  
 私もやりたかった仕事でした。  その憧れの仕事をしていた人と出会い、彼女はうちのスタッフになりました。て 
  
昨年暮れ、その彼女が入院。  
前から腰痛があり、最悪の事態に。 でも復帰するから、少しの間お休みをと。  メインスタッフ一人欠員の中、時々メールで近況報告、そちらはどうですかと返事を待つ。  
 
 ある日、必ず返ってくるメールがなく・・・。 どうしたのかと、心配しながらも5月5日再びメール。   
 えっ・・・? それから数日後の電話に耳を疑いました。 
 5月1日、その大切な仲間が他界したと お母様から・・。 何かよく聞こえなくなって・・・。 自分が何を言っているのかわからなくなり、どう電話を切ったのか・・ 記憶が飛んじゃって覚えていない・・・。 

 まさかまさか、死と向き合わなければならない容態だったなんて、微塵も感じさせずに 逝ってしまった・・・。 
 不安定で、振り回されるこの仕事に 8年もつくしてくれた彼女。  もういない・・ということが未だに信じられません。  
「今年はメールだったけど、来年はちゃんと年賀状書くから」って言ってたじゃない・・。 彼女の名前や住所や口座、もう使うことがないそれらを抹消しなければならないの・・?。  いたたまれず、そのまま書類を閉じる。
 何かを企画したり、広めたいと思うことに賛同し、労を惜しまず 手を貸してくれた人。  実力派なのに、そのギャラはいくら?などと 一度も言ったことがない人。

 平日は生徒さんにピアノを、カルチャースクールではお年寄りにキーボードを教え、夜は銀座でピアノを弾き、土日は婚礼の音楽。 演歌を作曲したこともあった。 
 なんてハードに、うらやましいほど音楽に生きた人・・・。  

 ハードスケジュールでも寝不足になっても、好きなサッカーは欠かさず見ていたらしい。  TITANICが沈んだ日に生まれたことで、この船に興味があると、そしで船で旅行することが好きで、お酒も強くて、江戸っ子で、曲がったことが大嫌いで、ボーイッシュだった彼女。  
 その功績に深く感謝しながらも、何もお返しできず お花を手向けるしかなかった私でした。

  ひらりん 長い間お疲れ様。 ありがとう。 本当に本当にありがとう。 
 きっと ピアノ弾いているのでしょうね・・。 
 やすらかに・・。            v_v     

pearlblueblue at 00:27│Comments(0)TrackBack(0)このエントリーをはてなブックマークに追加 音楽 感動  | エピソード

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